別れ ♯44 2008.3.13
日差しもあたたかく和らいで春らしくなってきました。前号のコラムで、2月後半でスッキリした気がする、なんて書きましたが、結局3月もまだ引き続き色々大変だったですね〜、というのが私の実感です。太陽の黒点が急に増えたりした事も影響したようです。お客様の中でも体調を崩された方やいろいろなトラブルに巻き込まれたり、今までは何とかなっていたものに直面せざるをえないことになった、などなど大変だったお話を結構耳にしました。みなさん、いかがでした?
ちょっとしんみりしてしまうかもしれませんが、私にあった最近の事をお話しします。
春は出会いと別れの季節。
我が家でも、一昨年は息子が大学生になって下宿するために家を出て行き、不覚にも涙してしまったなんてことがあり(笑)ここでもそのことを書いた事がありましたっけ。
そして・・・先週末の8日土曜日の新月、愛犬サスケが永眠しました。13歳5ヶ月で、犬の年齢としてはもう老犬に入り、天寿を全うしたとは言えるのです。双子の兄弟は数年前に亡くなっていましたし、もともと心臓が弱く、その割にはよく頑張ってくれたと思います。
最近は体調が悪く、ほとんど寝たきりだったのに、前日の夕方からダイニングテーブルで論文を書いている私の側に来て、なぜかヨタヨタと歩き回りはじめ、夫婦で夕食を取っている間も近くに来ていました。今思えばお別れをしてくれていたのかもしれません。その時は単純にも「元気になったね」と話し、喜んでいたのもつかの間、夜半から体調が急変し、息が荒くなってもう立てなくなりました。
息子に知らせたのが深夜だったので、下宿先から終電とタクシーを乗り継いでかけつけた彼と、夫と私の3人で付き添って最期を看取りました。もうだめだ、と直感した時「サスケ!」と大きな声で呼びかけたら、大きく目を開いて答えてくれて。それが最期でした。
その後も体を拭いてあげたり、体をなでながら話しかけたりしてしばらく別れを惜しみました。三人とも泣いていました。息子の涙なんて何年も見た事がなかったのに、伸ばしている髪の毛で隠れて表情は見えなかったけれど、大粒の涙がポタポタとサスケの体にこぼれていました。
サスケが家にやってきたのは息子が小学校二年生のとき。一人っ子だった彼にとってはサスケは兄弟とまでは言わないまでも、一緒に生活してきた同士だったと思います。それは私にとっても同じ事。その8年後に再婚するまでは、実質母子2人+1匹でしたから、思いもひとしおでした。しかし結婚してからは夫に一番なつき、一番よく世話をしてくれていました。夫も悲しそうでした・・・。
付き添っている間、ずっとサスケと心の中で会話していました。
ーサスケ、お母さんはいつも忙しがってて心からサスケと関わっていなかったね。
さみしい思いをさせたよね。そうかと思うとしつこく抱っこしたりして。勝手なヤツだ と思ってたよね。躾だって今思えば厳しかった・・・ごめんね。
「いいって。お母さんはそういう人。わかってるよ。それでいいよ。僕は充分ちゃんとお世話してもらってたよ。でもこれからはもっと生きる事を楽しんで。」
ーありがとう・・・サスケには本当にたくさんいろんなものをもらったね。
「お母さんはね、いつも遠くと近くの目標をめざして行きてる。でも、もう頑張らなくていいからゆっくり味わって生きて。毎日の暮らし、人生をもっと味わって、ゆっくりたのしんで。」
これを書いていて、また涙がでてきました。このあたりでやめにします。
サスケは狆(ちん)という日本犬で(よく中国と間違えられますが)においも無駄吠えもほとんどなく、手もかかりませんでした。狆という漢字には犬と猫の間という意味があるそう。その通り、マイペースでクール、普通の犬のように人なつっこくはないし、気難しいところもあって、飼い主としては時には物足りなさを感じる事もあったけど、でもそれがサスケだったし、そこが魅力でもありました。「自分自身でいる」という良いお手本を見せてくれていたと思います。
サスケが旅立ったことについて、お話しする機会があったお客様からはたくさんのやさしいお言葉や必要な情報をいただき、とても勇気づけられました。本当にどうもありがとうございました。さみしいけれど私もサスケからのメッセージを大切に、これからの人生、体験する事、感じる事を怖れず、良い事も悪い事もすべてをもっともっと味わって、ゆっくり自分らしく後悔しない人生を送りたいと思っています。
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