明るくてポジティブな人はみんなに好かれる?  ♯28 2007.7.15

 7月15日。東京ではお盆になります。7月に入ると、お花屋さんやスーパーでは「おがら」や「まこも」、馬や蓮の葉、ほうずきなんかが出始めます。行事の中でも、お盆はお供え物が楽しいし、提灯やろうそく、迎え火、送り火、お墓参りなど、三日間の中にたくさんのことが凝縮されていて子供心にも大好きでした。また夏の夜のせいでしょうか、亡くなったご先祖さまに思いを馳せるからでしょうか、ちょっとセツナい気持ちにもなったものです。
 さて、今回のタイトル、みなさんどう思われます?もちろん、逆バージョンの暗くてネガティブな人よりは、もちろん一緒にいて心地よいとは思うのですが。
 みなさんもきっとそうだと思いますが、私も集会やワークショップ、父母会などなどいろいろなたくさんの人が集まるところに出かけて行った経験があります。そんな中で明るくて積極的で、自分の考えを述べるポジティブな人にもたくさん出会いましたし、そういった方々はもちろん多くの人の注目を集め、魅力的だったりしました。ですが、なぜだか個人的には、むしろ逆にちょっと控えめだったり、不器用さを感じさせたり、どこかさみしそうだったりする人に惹かれることが少なくありません。セラピストという仕事柄か私自身がネクラだからかは不明ですが、この人はどんな人なんだろう?どんな生活をしていて、どんな体験をしたんだろう?と興味が湧いてしまいます。おしゃべりでない人ほどその人のことを聞きたくなります。
 明るくて元気でおしゃべり上手な人、ポジティブでどんどん仕事をこなし成功していくハイな人、積極的で人々の注目を集める人、それぞれに素晴らしいですし、そんな人達が決して表面に現れているポジティブな面ばかりではないということも承知しています。しかしながら誤解を怖れずあえていうなら、人間の魅力って、少しばかりネガティブな部分や不器用な部分が見え隠れしてこそなのでは、と思うのです。
 ある方に言われました。町じゅうポジティブな人ばかりだったらどうする?気持ち悪いしとてもじゃないけど落ち着かないよ。ネガティビティはあっていいんだよと。
 自分の中に置き換えて言うならば、ネガティブな部分をなくそうとするのではなく、ほんのちょっとだけポジティブになれるようにバランスをとりなさいと。ネガティブ49%ポジティブ51%でいいと。その時それを聞いて、知らぬ間にどこかネガティブな自分を責めていた私はとても楽になれました。
 クライアントさんにも言われた事がありますが、自分がちょっと疲れていたり、元気な気持ちになれないときは、ポジティブでおしゃべりな人と接するのは苦しいものです。 パーソナリティーも十人十色、人のどこに魅力を感じるのかも十人十色。意外と気がつかないところで自分に興味を持ってくれている人がいるかもしれません。
 自分自身でいる事に私達がもっともっとOKを出していけたら、きっとさらに集合意識の価値観も変わっていくでしょう。私も口下手で引っ込み思案、スーパーポジティブな人を前にすると思わず後ずさりしてしまうような、どっちかというと臆病で引きこもり気味な面を持ち合わせています。また人の事をすぐ羨ましがったり、いじけたりしてしまうような時もあります。でも仕方ない、まぁそんな自分も不完全でおもしろいか、とあきらめて許してやっていくしかないですもんネ。人間とは、色々な矛盾する要素や相反する感情が入り交じった複雑な生き物です。白でもなければ黒でもない。その濃淡はあなただけのオリジナル。結局、自分は自分。どんなに頑張ったって、他の誰かになれるわけでもない。つまるところ、どうあがいても人はその人の人生を生きるしかないのですよね。

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